社会福祉法人 信愛会

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2017年5月年

餅つき機を使ってよもぎ餅とパン作りに挑戦!!(たちばな)
投稿日:2017-05-31 施設名:たちばなブログ

ご家族よりもち米を沢山頂いたので、春を感じ利用者の方々が喜んで食べてくれるものは何かなぁ・・と考えたところ、『あんこ入りよもぎ餅!!』が思い浮かびました。利用者に話をするとホーム前に生えているよもぎを一心に取ってくれました。あんこが大好きな利用者は精神を集中させ、200%の力を発揮し、10名で餅丸めをされたため2台の餅つき機をフル稼働しても追いつかない状況でした。昼食に頂きましたが、よもぎとあんこたっぷりで柔らかく絶品でした。施設長のところへ5個持参すると「綺麗にできていますねぇ・・これは売れますよ。」と300円を渡されました。それを利用者の方々に報告すると自分達が作った物にお金を払ってくれた人がいることを喜んでいました。そして、今度は、餅つき機でパンを作ろうということになりました。

 

 

 
餅つき機でパンを作ることは初めてのため、利用者の方々は、興味津々に餅つき機の中をのぞき込んでいました。パン丸めはお手の物でした。畑にてレモングラスを摘んできて、ハーブティーにしてパンと一緒に頂きました。

近況報告(たちばな)
投稿日:2017-05-31 施設名:たちばなからのお知らせ

平成29年の5月も今日で終わり、明日から6月です。
グループホームたちばなでは、毎日のようにいろんな活動を行っています。
草取りや作物植えなど、日常的な活動が楽しいレクレーションになり、またリハビリにもなっています。
お料理作り、お菓子作りも、実益を兼ねた楽しいレクレーションです。
最近の活動からいくつかご紹介します。

敷地内の小さな畑でジャガイモの収穫です

大きなジャガイモがこんなにたくさん…

いえいえ、実はとても小さかったのです。写真の撮り方で大きく見えるものですね

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は寿司の日です。いなり寿司やにぎり寿司をつくる利用者さんたち

おいしそうなお寿司が出来上がりました!

 

 

 

 

 

 

 

 

「いただきまーす!」幸せの瞬間ですね

今日は合同レクレーションの日。ナナホールで風船バレーです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レクレーションのあとはお弁当です。たまにはお弁当も目先が変わっていいですね

今日は敷地内の畑にさつま芋を植えています。秋にはおいしい焼き芋が食べられるでしょうか

ふれあい通信6月号をアップしました(みやづるデイ)
投稿日:2017-05-30 施設名:デイサービスからのお知らせ

みやづるデイサービスセンターの「ふれあい通信」2017年6月号をアップしました。

こい釣り大会の様子や防災訓練の様子が掲載されています。

下の“☆ふれあい通信・6月号”をクリックしてください。

 

☆ふれあい通信・6月号

 

 

 

心にしみるやさしい音色(オカリナフレンズ)
投稿日:2017-05-30 施設名:裕生園ブログ

5月10日、ボランティア団体の「オカリナフレンズ」の皆さんが来て下さいました。昔懐かしい童謡からご利用者の皆様が口ずさむことのできる歌謡曲まで幅広く演奏して頂きました。

また「オカリナフレンズ」の皆様はオカリナ演奏だけでなく「手遊び」や「曲当てクイズ」なども行って、見ている方々は真剣な表情と笑顔が交互に出てとても楽しそうでした。

毎回楽しい時間をありがとうございます。

〈310〉

シャトル内で野点を開催しました。(シャトル)
投稿日:2017-05-25 施設名:みんなのブログ, シャトルブログ

5月19日金曜日、毎年恒例のシャトルの行事としての野点を行い、抹茶と和菓子のふるまいを、施設内で行いました。

本来なら、野外で行うものとは思いますが、高齢者の施設という事もあり、残念ながら施設内ではありますが、少しでも利用者の方々に、野点の雰囲気を味わって頂こうと、傘や毛氈や畳や生花を準備して、利用者の皆様を、お出迎えしました。

投稿者:摩人デブー

3施設合同運動会が開催されました。(シャトル)
投稿日:2017-05-25 施設名:みんなのブログ, シャトルブログ

平成29年5月13日土曜日に毎年恒例の3施設合同運動会(裕生園・シャトル・たちばな)が開催されました。
今年は、シャトルは新競技『鯉の滝のぼり』で運動会に参加。
シャトル利用者の方々にとっては、毎年楽しみの『パン喰い競争』には多くの方々が参加されました。

当日は、前日までとは、うって変わり晴天で暖かく天候にも恵まれました。
投稿者:摩人デブー

 

裕生園、シャトル、たちばな合同運動会が行われました

平成29年5月13日(土)、午前10時から正午近くまで、辰元グループ敷地内のナナホールにおいて、特別養護老人ホーム裕生園、ケアハウスシャトル、グループホームたちばな合同の運動会が行われました。前日は雷を伴った大雨だったので、ホール内での運動会とは言え、少し天気が心配だったのですが、この日は雨もあがり、クーラーと天井扇のあるナナホールで気持ちよく体を動かしました。

3施設のご利用者、そのご家族、地元の老人クラブの皆さん、高岡町内の民生委員の方々、敷地内の有料老人ホーム「宮崎しんあい」の利用者の方々、そして職員スタッフ、総勢約250名の、大変にぎやかで楽しい運動会となりました。

はちまきとゼッケンを付け、音楽が鳴り出すと、利用者の皆さんも自然と気持ちが高まり、普段ゆっくりとした動作が無意識のうちにスッと出来るから不思議です。表情も真剣な表情だったり、大笑いしたり、体だけでなく、心も大いに運動した2時間でした。

運動会が終わって、ナナホールを出る人たちが、口々に「楽しかったー」と心から言って下さったのが、スタッフとしてはとてもうれしかったです。年間の大きな行事が一つ、無事終わりました。

赤・白の団長による応援交換です

魚釣りゲーム。大物が釣れましたか?

来賓の方たちによる風船割りゲームです

 

 

 

 

 

 

 

 

傾斜をつけたボードの上をボールを転がせてピンを倒します

お手玉入れゲーム。熱が入って、どうしてもダンクシュートになってしまいます

 

 

 

 

 

 

 

 

人気のパンくい競争。これが楽しみで運動会に参加という人も

人工衛星という名前のボール送り競争。最後の競技です

 

 

 

たちばな便り平成29年4月号をアップしました
投稿日:2017-05-16 施設名:たちばなからのお知らせ

たちばな便り平成29年4月号をアップしました。

3月26日(日)に行われた家族との合同レクレーションや4月5日(水)に行われた西都原公園への花見遠足の様子が掲載されています。

下のたちばな便り(第5回H29.4月号)をクリックしてください。

 

たちばな便り(第5回 H29. 4月号)

5月14日は母の日♪ (たちばな)
投稿日:2017-05-15 施設名:たちばなブログ

この日は母の日として、たちばなから職員の手によって真っ赤なカーネーションのプレゼントをお渡ししました。
カーネーションをお渡しすると笑顔になる利用者様もおられ大変喜ばれていました。
なかには、ご家族の方が来られケーキやお花をもらっている利用者様もいらっしゃいました。
とても嬉しそうでしたね。
私も母にプレゼントを渡さなきゃとは考えてはいるんですが、未だに何を買えばいいのか悩んでいる途中です。(;^_^

母の日の由来について(ネットで調べました。
去年は父の日の由来を書いたのですが、覚えていらっしゃいますか?)1905年5月9日、アメリカのフィラデルフィアに住む少女「アンナ・ジャービス」が母の死に遭遇したことで、生前に母を敬う機会を設けようと働きかけたことに由来するそうです。 やがて、この働きかけがアメリカ全土に広まり、1914年には当時の大統領「ウイルソン」が、5月の第二日曜日を「母の日」と制定し、国民の祝日となったそうです。
[og]

綾町に外食に行きました(たちばな)
投稿日:2017-05-09 施設名:たちばなからのお知らせ

平成29年4月25日(火)、グループホームたちばなの利用者さん達は、隣り町の綾町の酒泉の杜(もり)へ外食に行きました。
この日は天気に恵まれ、外の空気もとても気持ちのいいものでした。
予め、一人一人料理を選んで予約しておいたので、テーブルにつくとお料理がどんどん運ばれてきました。
天ぷら、うなぎ釜飯、鶏の照り焼き、カレー丼、天丼、まぐろ丼…
たちばなの利用者さんたちは比較的お元気な方が多く、みなさん自力で食べていらっしゃいました。
とても良い外食となりました。
また、機会を作って、いろいろな所へ行ってみたいと思います。

綾町の酒泉の杜の玄関前にある人口池にはきれいな鯉がたくさん泳いでいました

利用者と職員合わせて30名近くで行きましたが、十分な広さがありました

料理の種類もたくさんで、量も十分でした。みなさん満足の外食でした

 

高木兼寛という人がいた⑰
投稿日:2017-05-08 施設名:信愛会ブログ

(私たち社会福祉法人信愛会は宮崎市高岡町に位置していますが、ここ高岡出身で明治の日本の医学の進歩に多大な貢献をした人物がいました。高木兼寛(かねひろ)という人です。「ビタミンの父」と呼ばれていて、脚気(かっけ)の研究であの森鷗外と大論争を繰り広げた人です。)


 次に、脚気をめぐる高木兼寛とドイツ医学派との対立の表の③森林太郎による白米至上主義について見てみます。
              

 森林太郎。のちの文豪森鷗外。夏目漱石と並び称される明治・大正期の文豪。和・漢・洋の古今の文芸に通じ、格調高い文体と知的な構成力、それらが独特の審美眼によって貫かれて、数多くの名作を残しています。『舞姫』『阿部一族』『渋江抽斎』など、まさに“クラシック”という言葉がふさわしい作品群です。鷗外は、のちの多くの作家や思想家に影響を与え、もし鷗外がいなかったら、日本の文学界は決定的な何かを失っていたでしょう。“鷗外の前に鷗外なく、鷗外の後に鷗外なし”という表現も、決して大げさなものではないと思います。
              

 一方。森林太郎の本業は陸軍軍医だったのであり、脚気をめぐる海軍軍医高木兼寛との対立では、これまた決して小さくはない役割を演じています。文学者森鷗外はこれまで100年の間研究されて来ましたが、森林太郎の医業の方はようやく近年になって光が当てられるようになりました。鷗外の文名があまりに巨大すぎて、林太郎の医業の面が隠れてしまっていました。しかし、林太郎の医業の方を詳しく見てみると、特に脚気への対応に関して、後世の厳正な検証を受ける必要がある、と言わざるを得ません。林太郎のドイツ医学派における立ち位置に注意しながら、林太郎が脚気問題に関して何を言い、何を行ったかについて見て行きたいと思います。
              

 このブログは、郷土の偉人高木兼寛を発見し、その業績に驚嘆して始まったのですが、兼寛の足跡をたどって行くうちにいろいろな問題に遭遇し、森林太郎・鷗外にまで至ってしまいました。兼寛と脚気のことを知るまでは、全く予想していなかったことです。林太郎が脚気問題で何を言い、何を行ったか、を知った上で、鷗外の文学を見る。そして今度は、鷗外の文学を見た上で、林太郎の医業を見る。そのようにして相乗的に両者の理解が深まって行きます。従って、私の森鷗外・林太郎の理解もその途上にあり、これは中間的な報告でしかありません。時間が経てば経つほど、読み込めば読み込むほど理解が深まっていくでしょう。鷗外の文学が素晴らしいものであることは誰も異論はないでしょう。しかし、少し踏み込むと、謎もたくさんあります。その謎に対して、林太郎の医業からの視点が思わぬ光を投げかける…これは十分に予想できることです。
              

 脚気問題は林太郎にとっても決して小さな問題ではなかったのであり、明敏な鷗外の中でどのような葛藤があり、それが作品にどう反映されたか、されなかったのか。鷗外没後100年を迎えようとしている今、文豪森鷗外と軍医森林太郎のトータルな形での理解の時期が来ていると思います。そしてそのトータルな形での理解が出来た時、鷗外が遺した最大の謎、「…余は石見人森林太郎として死せんと欲す。…森林太郎として死せんとす。墓は森林太郎のほか、一字もほるべからず。…宮内省陸軍の栄典は絶対に取りやめを請ふ…」の遺言の謎も氷解するのではないでしょうか。(アッサン)
              

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