社会福祉法人 信愛会

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2016年8月年

ふれあい通信9月号をアップしました(高岡デイ)
投稿日:2016-08-30 施設名:デイサービスからのお知らせ

高岡デイサービスセンターの「ふれあい通信」2016年9月号をアップしました。

8月に行なわれた夏祭りの様子や9月の行事予定が掲載されています。

下の“☆ふれあい通信・9月号”をクリックしてください。

 

☆ふれあい通信・9月号

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピクトグラム」とは?
投稿日:2016-08-25 施設名:たちばなブログ

こんにちは。突然ですが「ピクトグラム」という言葉をご存じでしょうか?

リオオリンピックが閉幕し、東京オリンピック(パラリンピック)が4年後と

迫っているのですが、今後更にメディアで取り上げられるワードだと思います。

説明は以下の通りです。

主に鉄道駅空港などの公共空間で使用され、文字による文章で表現する代わりに、視覚的な図で表現することで、言語に制約されずに内容の伝達を直感的に行う目的で使用されてきた。

日本においては、1964年東京オリンピック開催時に外国語(特に英語)によるコミュニケーションをとることができ難い当時の日本人と外国人の間を取り持つために、勝見勝らによって開発されたのが始まりで、1980年代以降、広く使われるようになった。

基本的には国によって異なるが、国際的に、ある程度意味が統一されたものとしては、

などがある。      以上。(出典 ウィキペディアより)

今、「ピクトグラム」が注目されているのは、4年後の東京オリンピック開催に向けてこの標識

(ピクトグラム)を普及させるという観点から。様々な国からの来客に「お・も・て・な・し?」を行うため

には必要不可欠ですからね。一つの標識に様々な言語を詰め込むのはキャパに限界がありますし、

誰もが一目で分かるデザインが必要とされています。

もし東京オリンピック(パラリンピック)にて素晴らしい「ピクトグラム」を掲げる事ができたのであれば、

それが世界基準になる可能性もありますし、オリンピック(パラリンピック)はスポーツ

の祭典であると同時に、開催国の文化を世界へ発信する舞台でもありますので、その意義はとても大きいのです。

とはいえ、一目で見て誰でも分かる「ピクトグラム」作りが容易でない事は確か。

例えば類似した「ピクトグラム」で問題になっているのが「撮影禁止」と「フラッシュ禁止」の2つ。

写真には文字が入っていますから分かると思いますが、

これを標識だけで掲示されたら間違える方はいらっしゃる

と思います。特にこの2つを誤認したら大きなトラブルになりそうですしね(笑。いや笑い事ではなく(汗、

こういった問題を含め、様々な課題をあと4年足らずでクリアしていかなければならないのですよ。

その為には、良いデザインの開発は勿論、それを多くの人に認識してもらうための

「情報発信」や情報を受け取る個人が関心を持ち、認識する努力が必要となるわけです。

最後にピクトグラムは東京オリンピック(パラリンピック)開催だけを見据えた事象ではないと考えます。

社会福祉といった視点からも「ピクトグラム」が社会に普及する意義は大きいです。

個人的にスポーツ観戦が趣味である為、楽しみな4年後ではありますが、「ピクトグラム」

の普及という観点からも注目してみたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

(ホース)

 

「野菜作り奮闘記」 ~その⑥・最終回~ (高岡デイ)
投稿日:2016-08-20 施設名:デイサービスからのお知らせ

昼間は「高校野球(甲子園)」、夜間は「オリンピック」と日々熱戦が繰りひろがれ、今年の夏は一段と熱い、暑い日が続いていますがみなさまいかがお過ごしでしょうか。デイサービス農園のスイカも丸々と太り、なかなか収穫のタイミングがわからず「今でしょう」と決断、早速収穫し、まずは利用者にお披露目。皆さん立派なスイカを見て、驚きと感動・・・・そしてスイカに包丁が入り真赤に熟れたスイカが・・・と思いきや、なんと中身が完全に熟れていませんでした。失敗かなと思い試食してみるとしっかりとスイカの味がして、シャキシャキと歯触りも良いので利用者の皆さんにも食べてもらいました。評価は様々でしたがやさしい利用者の皆さん、「おいしかったよ」と食べていただき、奮闘したかいがあったと職員一同安心しました。約90日間に及ぶ奮闘記、トマト、ピーマン、パセリ、そしてスイカと、すべて収穫し、食するまでと目標達成したところでおしまいと致しますが、スイカがあと3個生っており出来が良かったら再度投稿したいと思います。

いざ収穫です

スイカと一緒にハイポーズ

スイカを前にうれしそーな表情

「わおー」と今にもかぶりつきそー

残念。まだ熟れてませんでした

自家栽培と聞いてびっくりされる利用者

今年、初めてのスイカ美味しそうに食べられました。

う~とうなずき・・・・・・・

美味しかったよ。

あーおいしかった!

辰元グループ夏祭りを楽しみました(シャトル)
投稿日:2016-08-17 施設名:ケアハウスシャトルからのお知らせ

平成28年8月13日(土)、辰元グループ夏祭り『フェスタ2016』が行われました。会場の辰元病院駐車場はケアハウスシャトルと同じ敷地内にあり、ケアハウスシャトルのご利用者も会場に出向く人、施設内にいて出店の食べ物を家族や職員に買ってきてもらう人、さまざまでした。最後に花火が打ち上げられましたが、シャトルの窓からもちょうど見ることが出来、施設に居ながらにしてきれいな花火を楽しむ利用者さん達もいました。

夏祭り会場にて。余興が始まるのを待っているところです

利用者から頼まれた買い物をする職員。全部そろえるのに苦心しています

シャトルの廊下から花火がきれいに見えます

 

 

 

 

 

 

 

 

仲良く並んで花火を見ました

 

辰元グループ夏祭り『フェスタ2016』が開催されました
投稿日:2016-08-15 施設名:信愛会からのお知らせ

平成28年8月13日(土)午後6時30分から午後9時まで、毎年恒例の辰元グループ夏祭り『フェスタ2016』が開催されました。この日は天気にも恵まれ、辰元グループの利用者の皆さんとそのご家族をはじめ、地元の住民の皆さんほか大勢の方が来場され、大きな事故やケガもなく、皆さん、楽しいひと時を満喫されたようでした。

6月ぐらいから辰元グループ全施設で準備に取り掛かり、地元の住民の皆さん、飯田自治公民館、消防団、高岡警察署、消防署、天ヶ城保育園、日赤奉仕団、各専門学校、本庄高校の生徒さん達、高岡中学校、近隣の特養芳生苑の施設長はじめ職員の方々、各ボランティア団体の皆さん、業者の皆さんの協賛、等々、本当にたくさんの方々のご協力のもと、1年で最も大きい地域交流イベントが無事終了しました。皆さん、本当にありがとうございました。

これだけの規模のイベントを行うのは大変な時間とエネルギーが必要ですが、準備のプロセスの中で、地域のいろいろな方々と顔を合わせ、ご協力のお願いをし、打ち合わせを行う中で、お互いの理解が深まっていくのを感じることができます。

また、この夏祭りを行うに当たって、ハード面においても、テントの設営、発電機、ランタン、トランシーバーなどの取扱いにも慣れ、また施設間の連携も密になって行きます。その意味では、図らずも防災訓練の一部にもなっています。

特養裕生園の開設以来、約40年間継続してきたこの夏祭り。次第次第に大きくなり、毎年の反省を生かして少しずつ改良を重ねて来ました。これからも辰元グループと地域の皆さんとの交流の場として続けて行きたいです。本当にありがとうございました。

地元の公民館からお借りしたグラウンド。今年は前もってラインを引いた事で整然とした駐車が可能となりました

地元の宮崎市消防団高岡分団第7部の皆さんが今年も施設の視察と花火の警戒に当たってくれました

今年も構内を歩行者天国にしました

地鶏の焼鳥です。150㎏を完売しました

 

 

 

 

 

 

 

 

ボランティアで活躍する専門学校生の皆さん

地元のライオンズクラブもご協力下さいました

辰元理事長が開会の挨拶をしました

 

 

 

 

 

 

 

 

ぎっしり埋まった観客席

バザー会場のナナホール。開場前の様子です

 

 

 

 

 

 

 

 

あっと言う間にいっぱいのお客さんです

今年も天ヶ城保育園の園児たちが元気いっぱいの演技を披露してくれました

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨーヨーコーナーでは高校生が手伝ってくれました

バスケットコーナーではもれなく綿菓子ももらえました

 

 

 

 

 

 

 

 

ビューティフルフラの皆さん。鮮やかな衣装とハワイアンの音楽が夏の夜の祭典を盛り上げました

夜も深まり、祭りは最高潮へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステージを見たり、会話をしたり、思い思いに楽しまれていました

芳生苑の施設長はじめ職員の方々が今年も友情出演。勇壮な太鼓の音が夜空に響きます

 

 

 

 

 

 

 

 

ステージの上と下で盆踊りです。飛び入りで踊る人もいました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に花火が夏の夜空に色鮮やかに打ち上げられました

花火終了と同時に一斉に後片付けに取り掛かる職員スタッフ。翌朝午前中には会場はもとの姿に戻りました

 

 

 

 

夏といえば…
投稿日:2016-08-05 施設名:裕生園ブログ

みなさん、こんにちは。毎日暑い日が続きますがいかがお過ごしでしょうか?熱中症予防の為にも水分補給をしっかり行ってください。

裕生園では7月27日にオヤツ(水分補給)を兼ねてスイカ割りを行いました。外野からは「右じゃが」「もっと左よ」などの大きな声がたくさん出て楽しいひと時を過ごすことが出来ました。

 

 

 

 

 

 

 

最後は見事に割れてみんなでおいしく頂きました。

<310>

「お知らせ」

来る8月13日は「辰元グループの夏祭り」を開催いたします。17時45分受付、18時30分開演です。出店やバザー、抽選会、大花火大会もありますので皆さんお誘いの上、ご来場ください。

 

 

 

永年勤続者に対する九社連会長表彰状の伝達式が行われました

平成28年8月3日(水)、裕生園の副理事長室において、永年勤続者に対する九社連(九州社会福祉協議会連合会)会長表彰状の伝達式が行われました。

今年はケアハウスシャトルの村岡妙子さんと漆島いつ美さんのお二人が表彰されました。

副理事長室で、副理事長からお二人に表彰状と記念品が手渡されました。

これからも、ますます業務に精励され、後輩達の良き見本となってください。本当におめでとうございます。

九社連会長表彰状が副理事長より手渡されました

今回表彰されたお二人。漆島さん(左)と村岡さん(右)。おめでとうございます

九社連大会が行われる予定だった熊本から記念品が届きました。災害に備えて欲しいとの願いでしょう、首さげ方式のLEDライトでした

手持ち花火大会をしました(たちばな)
投稿日:2016-08-03 施設名:たちばなからのお知らせ

平成28年7月25日(月)、午後7時ごろからグループホームたちばなでは、手持ち花火大会をしました。たちばなの敷地内のテラスに利用者さん達と職員が集まり、線香花火などかわいい花火を楽しみました。

最初は良かったのですが、だんだん煙が辺りに充満して来て、せっかくのきれいな花火も見えにくくなりました。一斉に火をつけるのではなく、順番にするなど、今後は工夫が必要だと思いました。

ケガや事故なく終わることができて良かったです。

夏はまだまだこれからが本番。8月13日には、今度は空に大きな打ち上げ花火が上がります。楽しみです。

 

たちばな敷地内のテラスに集まって、手持ち花火大会をしました

勢いよく吹き出す花火や昔懐かしい線香花火など、いろいろ楽しみました

一斉に火をつけるので、煙が充満してきました

 

「野菜作り奮闘記」 ~その⑤~ (高岡デイ)
投稿日:2016-08-03 施設名:デイサービスからのお知らせ

夏本番の8月となり毎日猛暑が続いておりますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。今回で5回目となりました「野菜作り奮闘記」、トマト、ピーマンは見事に身に生り食するまでとなり、利用者の方々にも大変喜ばれそれなりの成果があげられました。今は「野菜作り奮闘記からスイカ作り奮闘記」に変わりつつ毎日スイカの成長を気にしながら、職員も業務に奮闘しております。現在、3個のスイカも順調に育っており収穫が大変楽しみで、最後には、おいしいスイカを利用者の方々に食べてもらい、この奮闘記がハッピーエンドで終了出来る事を願っています。

第一号のスイカ、品種は黒皮スイカです

スイカを守るためのネットです

形がひょうたんみたいですが、順調です

3番目のスイカ、順調です!!

4個目のスイカ、出来ますように!

おいしいスイカを食べさせたいなーs

 

高木兼寛という人がいた⑬
投稿日:2016-08-02 施設名:信愛会ブログ

(私たち社会福祉法人信愛会は宮崎市高岡町に位置していますが、ここ高岡出身で明治の日本の医学の進歩に多大な貢献をした人物がいました。高木兼寛(かねひろ)という人です。「ビタミンの父」と呼ばれていて、脚気(かっけ)の研究であの森鴎外と大論争を繰り広げた人です。)

 明治17年(1884年)に行われた練習艦『筑波』による実験航海は見事な成功を収め、これにより日本海軍の兵食改革ははずみを得て、海軍における脚気患者数、死亡者数は激減します。兼寛は『筑波』の実験航海についてまとめた論文を、翌明治18年(1885年)3月に『大日本私立衛生会雑誌』に発表します。脚気は栄養バランスの異常により生じ、その栄養バランスへの適切な配慮によって脚気を予防し、治すことができる、と結論づけた論文でした。

 ところが、その『大日本私立衛生会雑誌』の翌月号に、今度は東大医学部の緒方正規の論文が載り、その内容は、なんと、緒方が“脚気病菌”を発見したというものでした。緒方は大学の講堂で大演説会を開き、兼寛の説を批判し、脚気は細菌によるものだと主張。この演説会に一般聴衆として参加していた兼寛は、緒方の演説の後に演壇に立ち、『龍驤』艦と『筑波』艦の例を出して、脚気は栄養バランスによるものだという自説を力説。すると今度は、陸軍の軍医監である石黒忠悳(ただのり)が演壇に立ち、自分も脚気ばい菌説であると述べ、緒方の応援演説をしたのでした。

 緒方の“脚気病菌”発見はすぐに“官報”にも掲載されました。また、同じ年の7月発行の『大日本私立衛生会雑誌』には、東大医学部生理学教授の大沢謙二による「麦飯の説」という論文が掲載され、その中で大沢は、兼寛が脚気対策として麦飯を勧めているが、麦飯は米飯よりも消化が悪いので、吸収されるタンパク質は麦飯より米飯の方が多い、従ってタンパク質を重視する兼寛の説と矛盾するとして兼寛の説を批判しました。

 『筑波』の実験航海で成功を収め、海軍において脚気撲滅の実績を上げつつあった兼寛でしたが、このように東大医学部や陸軍医務局から集中攻撃を受けます。この、現代の私達から見ると異常なまでの攻撃の理由は何なのでしょうか。当時、政府はドイツ医学を採用していました。東大医学部や陸軍医務局は当然、ドイツ医学派でした。一方、海軍だけは歴史的経緯からイギリス医学を採用し、兼寛もイギリス留学を終えて日本に帰って来たのでした。その、イギリス医学派と言っていい高木兼寛が、日本の国民病と言われた難病脚気に対して劇的な効果を示しつつある。“官学”たるドイツ医学派がまだ解明できていない脚気に対して、イギリス医学派の高木が顕著な効果を示しつつある…そのことに対する官学側の焦りも混じった複雑な心境が、この兼寛に対する激しい攻撃を生んでいるのではないでしょうか。

 下の表は、脚気をめぐる兼寛とドイツ医学派との対立を簡単にまとめたものです。

 錚々たる顔ぶれであり、日本の近代医学の基礎を築いた、顕著な功績を持つ人たちです。それは疑いようがありません。しかし、こと脚気に関しては、その後の歴史が証明するように、ドイツ医学派は大きく的を外れていたのであり、兼寛の側からビタミン学が発生するのです。ドイツ医学派は、兼寛を批判することに終始し、脚気患者を実際に治すことはついに出来ませんでした。その間、兼寛は、年間1000人を超えていた海軍の脚気患者をゼロにし、年間30人から50人いた海軍の脚気死亡者をゼロにしたのでした。医療は結果が全てである、というシンプルだけれども厳粛な原則を思う時、この事実は非常に重いのではないでしょうか。

 次回以降で、上の表の①②③についてもう少し見て行きたいと思います。                 (アッサン)

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