社会福祉法人 信愛会

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高木兼寛顕彰会主催『ビタミン街道歩こう会』参加記

平成27年11月23日(月)、勤労感謝の日、高木兼寛顕彰会主催の『第13回ビタミン街道歩こう会』が宮崎市高岡町の高木兼寛生誕地である穆佐(むかさ)地区で行われ、参加して来ました。高岡町内外の老若男女、三世代約70名の方が参加されました。心配された雨も何とか持ちこたえ、高木兼寛にゆかりのある地区一帯にあるいろいろな歴史遺産をめぐり歩き、またみかん狩りや宝探しなどをして楽しく過ごしました。

“ビタミンの父”と呼ばれる郷土の偉人、高木兼寛を偲び、高岡のことをもっと良く知るいい機会となりました。

高岡温泉やすらぎの郷の駐車場がスタート・ゴール地点

高木兼寛顕彰会の中山芳教会長のあいさつ

旧穆佐(むかさ)小学校のグランド上にある高木兼寛先生顕彰碑を見ました

 

 

 

 

 

 

高木兼寛先生顕彰碑

古い穆佐城址めぐりをしました。足利尊氏の時代に造られた城だそうです

穆佐城があった高台から高岡デイサービスセンターや百寿荘が見えます

 

 

 

 

 

 

 

城址は結構坂が多かったです

穆佐城址の一画が穆園(ぼくえん)ひろばになっていて、高木兼寛の銅像が立っています

穆園ひろばの高木兼寛の銅像。穆園は兼寛の号で、穆は穆佐から、園は兼寛の母親の名前

 

 

 

 

 

 

 

山を下りた私達は高岡老人福祉館「百寿荘」で昼食をとりました

昼食には高木兼寛にちなんで麦飯が配られました。海軍を脚気(かっけ)から救った麦飯

百寿荘の畳の大広間での昼食の様子。食後は歌を歌ったり、高木兼寛に関するクイズをしました

 

 

 

 

 

 

 

高木兼寛生誕地入口のバス停の横を通って歩きました

地元の郵便局長さんのご好意で、みかん狩りをしました。みなさん、袋いっぱいにみかんを詰め込んでいました

穆佐神社前で。この穆佐神社は大工の棟梁だった兼寛の父が建てたもので、兼寛はこの境内で子供のころよく遊んでいた

 

 

 

 

 

 

 

穆佐神社すぐそばの高木家累代の墓。兼寛本人は東京の青山墓地に埋葬されているとのことでした

一息ついている中山会長

 

閉会式で、完歩された方全員に完歩証とやすらぎの郷温泉券が授与されました

 

 

 

 

 

 

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