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“ビタミンの父”髙木兼寛顕彰会主催「第19回ビタミン街道歩こう会」参加記

令和3年11月3日(水)文化の日。
気持ち良く晴れたこの日、髙木兼寛顕彰会主催の「第19回ビタミン街道歩こう会」に参加しました。
約40数名の方が参加されました。
宮崎県は14日間連続でコロナ感染の報告がなく、久しぶりの戸外活動には絶好の機会でした。
小山田公民館で朝8時半から受付が始まり、開会式のあと、まず髙木兼寛生誕の地にある「穆園(ぼくえん)広場」に向かいました。
穆園広場では、顕彰会メンバーによる髙木兼寛先生の偉大な功績の解説、また、広場が出来た由来や銅像の説明などがありました。
その後、穆佐(むかさ)神社に向かいました。
穆佐神社の社殿は、薩摩郷士で大工の棟梁でもあった父喜助の建立によるものということでした。
日本の神社の系統(八幡系、出雲系、伊勢系、八坂系、などなど)の解説もありました。穆佐神社は八幡宮でした。
次に神社のすぐ近くにあるミカン畑に行き、そこで恒例のミカン狩りをしました。
地元の高岡郵便局長のミカン畑で、毎年ご好意でミカン狩りの場を提供して下さっています。
そして最後に髙木家累代のお墓にお参りして、中山会長のお話を伺いました。
その後、最初の出発地、小山田公民館に戻り、閉会式が行われ、完歩証やタオル、温泉券、飲み物などの記念品をもらって、お昼前に解散となりました。

コロナの影響で、例年に比べて時間も距離も短くなっていましたが、2年近くの巣籠もりで運動不足気味だったので、ちょうど良かったと思います。
顕彰会の皆さんの蘊蓄ある解説がところどころに入り、歴史や文化の勉強にもなりました。
更に、ビタミンCたっぷりのミカンもたくさんいただいて、「ビタミン街道歩こう会」の名前にぴったりの散策になりました。
顕彰会の皆様、こういう機会を設けてくださり、本当にありがとうございました。顕彰会こそ顕彰されるべき、と思うほどでした。
偉大な髙木兼寛先生の遺徳と功績を偲ぶことができた本当に有意義なひとときでした。

宮崎市高岡町穆佐(むかさ)地区にある小山田公民館。ここが集合場所

受付で検温したのち開会式。ラジオ体操もあり、体をほぐしました

まず、髙木兼寛生誕地にある穆園(ぼくえん)広場へ

旧穆佐城址に穆園広場はあり、小高い丘を登ります

広場では顕彰会メンバーによる髙木兼寛先生の生涯や功績についての説明がありました

ビタミンの父と呼ばれる由来など、先生の功績を解説した看板

髙木兼寛像。同じものが宮崎神宮近くの宮崎県総合文化公園内にもあり、同時に製作されたとのことでした

穆園広場ができた由来の説明を行う顕彰会メンバー

穆園ひろば成立の経緯を説明する看板。たくさんの人たちや関係機関の尽力で成立しました

髙木兼寛像の前で参加者全員の記念撮影(撮影の瞬間のみマスクを外しました)

のどかな田園地帯を穆佐神社に向かって歩きます

穆佐神社境内入口の鳥居。階段を登ります

鳥居の中に入ると巨大な根っこが生えていました

穆佐神社の社殿は大工の棟梁だった父喜助の建立によるもの。八幡宮の看板が懸けてあります

神社近くのミカン畑でミカン狩りです

高岡郵便局長の平原氏。いつもミカン狩りの場を提供してくださっています

みなさん夢中でミカン狩りをされていました。重くなった袋は軽トラックが公民館まで運んでくれました

髙木家祖累代之墓と彫られています。髙木兼寛先生自身のお墓は東京の青山墓地にあるとのことです

中山芳教会長がお墓の成り立ちについて歴史的に説明されました

小山田公民館で閉会式が行われ、それぞれ記念品を受け取って解散となりました

参加者全員にハガキ大の完歩証が授与されました。久しぶりの運動、歴史や文化に触れ、楽しいミカン狩り…本当に有意義なひととき、ありがとうございました

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